コントロール・リスクス社との戦略的パートナーシップによって、シーリストでは11月20日から12月18日まで開催されているFIFAワールドカップにおいて、カタールの首都ドーハを訪れたアナリストによる現場での洞察を提供し、セキュリティやインフラレベルでのワールドカップ開催準備について言及してまいります。
ワールドカップのポスターやビルボードなどの広告は、市内の主要な場所、地下鉄などの公共交通機関、ドーハ中心部のウエストベイを中心とした高層ビルなどに掲載されています。アラビア語のal-Wa’ad(約束)は、大会を宣伝する最も主要な言葉の一つであり、国際イベントの準備と実行に対するカタールの約束を強調していますが、他方メディアや人権団体を含む組織から懐疑的かつ批判的に見られています。
大会に対する考え方は住民によって異なっています。特に物流関係の出稼ぎ労働者は、長時間労働が予想され業務の柔軟性がないためにあまり乗り気ではないようです。一方、アラブ系の駐在員からは、アラブの国や地域に国際的なスポットライトを当てる大会ということで、興奮の声が聞かれています。
一方、カタール人の中には、開催国であることを誇りに思う人もいれば、公共の場でアルコールを飲むなど、新しい文化的・社会的慣習に直面することが予想されるため、やや躊躇している人もみられます。
3-2-1 ドーハのスポーツシティスタジアムに隣接するカタールオリンピック・スポーツ博物館。出典 コントロール・リスクス
準備態勢
ワールドカップ開催に向けたカタールの準備態勢に関する我々の一般的な評価は、「中程度」の準備態勢としております。
政府は開催に向けた基本計画を実施しましたが、その後も頻繁に更新を続けています。例えば大会開始の6日前、カタール政府は8つのスタジアムの周辺に設置されるはずだったビールステーションをより「わかりにくい場所」に移動させるよう命じました。この計画はキックオフのわずか2日前に、ワールドカップ競技場の周囲でのアルコール販売が禁止されることが発表され、関係者に動揺を引き起こしました。
カタールは、アラブ諸国初の開催国であるだけでなく、開催国としては最小の国になります。例えば試合観戦のために30分も並んだり歩いたりすることに慣れていないカタール人への対応、観客の薬物使用への対応など、大会を通じて多くの新しい課題に直面することになりそうです。
大会で使用される8つのスタジアムのうち6つは、わずか50.96mi2(132km2)のドーハ市内にあり、残りは市外にあります。ワールドカップ期間中は人口の4分の1以上に相当する120万人という未曾有の来訪者を見込んでいるため、カタールは大会までの残りの期間と大会期間中、セキュリティと運営方法の調整を続けることになりそうです。
インフラストラクチャー
地下鉄をはじめとする公共交通機関は、欧米諸国の都市と同様に運行されています。しかし短時間で移動したい観客が多いため、駅での混雑が予想されます。
例えば9月9日に行われたフラッグシップスタジアム「ルセール」の開幕戦では、スタジアムまでの往復で公共交通機関のキャパシティが不足する可能性を示唆していました。ドバイなど地方の観光拠点からシャトルバスや地下鉄を利用して観戦するファンにとって、移動の利便性について疑問の声が上がっています。
スポーツシティ・スタジアム(ドーハ)。出典 コントロール・リスク
セキュリティについて
政府は、大会期間中の安全対策を継続的に調整する予定です。例えば試合中のファンゾーンやスタジアムへの出入りの際のセキュリティルールが追加される可能性があります。
また海外から警察などの警備隊が派遣され、現地の法執行機関を支援すると発表しました。少なくとも13カ国から約32,000人の政府警備隊員が警備にあたる予定です。
その準備として、北大西洋条約機構(NATO)は5月にスロバキアで化学、生物、放射線、核(CBRN)の脅威に対するものなど、カタールの治安部隊にさまざまな種類の訓練を提供しました。カタールはまた大会に向けた警備要員を訓練するため、「ワタン」と呼ばれる5日間の警備訓練を実施しました。この訓練にはサウジアラビア、クウェート、ヨルダン、トルコ、パキスタン、フランス、米国など13カ国の治安部隊のメンバー数千人が参加し、大会の警備を共同で担当することになりました。
こうした動きは前向きなものではありますが、サッカーの試合中に治安部隊が安全を確保し暴動を含む暴力などの問題に対処できるかは不明のままです。
カタールでは内乱が起こることは稀で、地元の治安部隊は通常サッカーの試合で発生する事件への対処に慣れていません。特に大会の最初の2週間ほどはファンへの対応ですぐに試されることになりそうです。
外国の治安部隊については、カタールに派遣される部隊がサッカー関連の暴動鎮圧について十分な訓練と経験を積んでいるとの保証はなく、さらに治安部隊を派遣する国の中には、具体的にどのような部隊を派遣するのかを明らかにしていないところもあります。
また、欧米諸国や他の多くの開催国とは異なる人権問題や文化的規範にどう対処するかについても、多くの憶測を呼んでいます。
例えばカタールでは、公共の場での愛情表現、LGBTQ+の権利に対する表立った支援(スローガンや旗など)、同性愛行為は法律違反とされています。コントロール・リスク社の情報源と公的な報告によると、国内外の治安部隊はこの点に関する訪問者の行動を容認し、関連の拘束や投獄を避けながらそのような「表示」を控えめに防ごうとするようです。
さらに暴動や破壊行為のような重大な犯罪に直面した場合、当局は訴追ではなく観衆の国外退去に頼る可能性が高いでしょう。
ビジネスへの影響
カタールで事業を行う外国企業は、大会期間中業務上の大きな混乱に直面することになります。政府はインフラへの負担を軽減するため、大会期間中のオフィスでの従業員数を制限し、在宅勤務を認めるよう企業に助言・奨励しています。
また当局は、すべての学校を閉鎖し特にコルニッシュ地区沿いの一部の道路はほとんどの車両が通行できなくなると発表しています。政府はカタール居住者の渡航制限など、大会に関連する新たな施策を予告なく頻繁に発表する可能性もあります。
展望
ワールドカップはカタールやアラブ湾岸諸国(多数の観客が見込まれるUAEやサウジアラビアを含む)にとって、世界各地からの観光客を呼び込むことができるメリットがある一方、カタールの課題は運営面、文化面、安全面においてこのような大規模なイベントを開催する能力を示すことにあります。
特に大会誘致に関する国際的な批判や汚職疑惑から、このような注目を集める国際的なイベントを開催する正当性や能力について憶測を呼んでいます。大会の成功は2023年のAFCアジアサッカーカップ開催に向けた、カタールの立場を強化することになります。